「ねえ、こんな話知ってる?」
エリアはこの頃、よく喋る。
よく笑う。
それが少年にはとても嬉しい。だから、少年もよく笑う。
でも少年は気付かない。
少女もまた、同じだということに。


ゆらゆら揺れる船の上、白魔道士を加えた三人で、月を見ていた。
「ビンに手紙を入れて、流すんですって。
何年も、何年もかかるんだけどそれがやがて、別の大陸の人に見つけられるの。
届けられるといって、いいかなあ?
波が運んでくれるのよ。」

「今聞けば、ほんとうになんでも無い話なんだけど」
エリアははにかんだ様に笑う。
波の音、微かな風。
エリアの声が優しくひびく。
ほんとうに、何でも無い話だと、少年は思う。
でも何故だろう、疲れている体は少しも眠いと思わない。

「初めて聴いたときからずっとずっと、好きなのよ。
なんだか私の好きな海が、そこにある気がして。」

黒い静かな海を見ながら、
あれから自分たちは何を話しただろう。


足裏を砂が滑っていく。
海の中にたたずむ背中を、白魔道士は黙って見つめる。
彼の手に、白い花の束が握られているのが見えた。

もう彼は少年とは呼べない。
立派な青年だ。
手にした花束を一度高く差し上げ、放る。
生じた波紋はすぐに波間にのみこまれ、花びらと海の泡とが白くゆらめき、混ざり合う。
「届くかなあ・・・・」
ふいにかつての少年の声がした。
「届くかなあ・・・・」
もう一度、つぶやいた。
「届くよ。届くに決まってる。」
大きな声ではなかったが、怒ったような白魔道士の声に彼は振り向き、そして笑った。
「帰ろう」
もう一度、笑った。
その笑顔は、亡き少女が最も愛したものだった。


浜辺にうみおとが、響いている。
ただ静かに、響いている。




うみおと
2002.2.4・改定


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