ここまでくれば、もう大丈夫。
日が暮れるにはまだ早い。思ったよりも早く帰ることができそうだ。
少年はくつのベルトを締めなおす。
この谷間を抜けると村はもうすぐだ。

歩く速度を緩めれば、色んな物が見えてくる。

ふと足が止まる。
小石混じりの小道は決して歩きやすくは無かったが、
その傍らに、小さな青い花が1輪咲いているのが見えた。
何故だかひどく気になって、少年はかがみ込み、その観察をはじめた。
薄荷草に似た香りを持つ、香草の一種だ。
この近辺では至る所に自生している。

様々な書物から切り取った知識が頭の中を巡りだす。
薬草としての効用は、・・・鎮静、解熱、解毒。
たとえば眠れない人はこれをマクラに詰めたり、
寝る前にお茶にして飲めば良い。
熱を出した時には、これとカミツレを一緒に煎じて飲むと効く。
手に入りやすいこともあり、大抵の家庭には、これを干したものが置いてある。
勿論、村医をしている自分の師匠も例外では無い。
右奥の薬棚の、上から2番目の引き戸の奥、右から4番目のビンを思い出す。
3日前確認したら、まだ半分以上残っていたはずだ。
それでもまだ、何か忘れている気がしてならない。

そういえば、村に来たばかりの頃熱を出したら
件の煎じ薬をニーナに無理矢理飲まされて、
あまりの苦さに死ぬかと思った記憶がある。お陰で熱は下がったが。

・・・ああ、これニーナの好きな花だったっけ。
思い出した途端、胸のあたりがすうっと晴れた。


谷間の道を少年が行く。淡い薄荷草の香と共に。
足元で石がころころ踊る。
小さな手、握った青い花が、ひらひらゆれる。
村はもうすぐそこだ。




道草
2001.10.28


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