小さな窓から見えるのは、青い空。
思った以上に時間がかかった・・・色々と。
本だとかをちょっと整理するつもりだけだったんだけど。
心の中で弁解し、最後の本を戸棚に戻す。
ここに来た頃からずっと世話になってきた物達に別れを告げる。
あとは出発の日を待つだけだ。
吐息をつくとエルケスはたちあがり、戸口に向かった。

春の日差しが気持ち良い。空はやっぱり青色だ。
鍵をかけようとしてふと気付く。
扉の下から這い出るようにして咲く、タンポポの花。
こんな所に咲いていたかと首をかしげる。
春になると何処にでも咲く花で、特に珍しいものではない。
それでも、何だか大発見をした気分になって、嬉しくなった。
今日は良いことがあるかもしれない。

「なんだやっぱりここじゃねえか」
騒々しい足音に振返れば、ラグネインが立っていた。
3日後には自分共々この村から旅立つ少年は、息を整えつつ、言葉を続ける。
「ニーナが探してたぞ、昼飯なのにいないって!」
やっぱりもうそんな時間かと、エルケスは首をすくめた。
「探しに来てくれたんだ?」
「んーまあなー、ついでだったしさ」
「ついで?何の?」
何気なく聞いた言葉に、ラグネインはしまったという表情になる。
エルケスは首をかしげて自分の言葉を反芻する。・・・何かまずいことを言っただろうか。
不思議そうに見つめられ、次に照れたような表情に変わるラグネイン。
鼻のアタマをごしごしこする。
それが困った時の癖だというのをエルケスは知っている。
「んー、見ておこうと思ってさ。」
彼らしく無い歯切れの悪い物言いは、本人にとってももどかしいものらしい。
伝えたくないわけではない。けれどなんと言い表せば良いのかわからない。
ぴったりの言葉を探して、困惑する。
また、鼻に手が行く。
「今のうちに」
ああ、とエルケスは納得する。
何を、とは言わない。彼も同じだったから。

「見てよラグネイン、タンポポ咲いてる」
足元を指し示す。本当だ、と覗き込む。
へばりつくように咲いている、春の訪れを告げる花。
なんか嬉しい、そう言って、二人で顔を見合わせ笑った。




春の日
2002.4.11


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