吹き抜ける風は初夏の気配をまとっている。
緑の草原。少女が1番好きな場所。
「あの上まで、競争!」
隣にいた少年が元気よく指し示したのは、目の前の小高い丘陵。
次の瞬間、彼は駆け出す。負けじと少女も後に続く。
踏みしめる草の冷たさ。
服のすそが翻り、目の前の少年の背中がどんどん遠くなって行く。
追いつけない。
じきに、その姿は丘の向こうに見えなくなった。

初夏の風、目指す緑の丘、明るい午後の光。
それらは何も変らない。ただ、少年がいない。
少女はひとり立ちすくむ。少年を呼ぶ。返事は無い。
もう1度。今度はもっと大きな声で。
彼はあの丘を越えて行ったのだ。
そして、そこに笑って立っているだろう。
ここからはちょっと見えないだけで。

ふいに名前を呼ばれた。
少女が来ないので、心配して見に来たのだろう。少年が丘の上から走ってくる。
「エリア」
少女の前まで来ると、ひとつ大きく息をつく。
ひょいと、差し出しされた手。
「やっぱり一緒に行こう、あそこまで!」
競走やめた、小さな声で付け足すその顔は、微かに赤い。
なんとなく気恥ずかしくなり、少女も小さな声で礼を言う。
差し伸べられた優しい手を取ろうとする。
あの丘の向こうに何があるのか確かめたかった。少年と共に。


扉をたたく音に目を覚ます。
返事をし、慌てて椅子から立ちあがる少女に、少年の声が告げた。
「メシ!他のヤツら呼んでくるから、先行っといてよ」
走って行く足音。
どうやらうたた寝をしていたようだ。
夢を見た気がする。
はっきりとは思い出せないが、草の緑がひどく鮮やかだった。
幼い頃よく遊んだ草原に似ていた。
水の神殿のすぐ近く。夏になったら白い花がいっせいに咲くのだ。
今は全て水の底に沈んでしまっているけれど。それも明日になれば終わるだろう。
クリスタルに光を取り戻せば、大地を覆う呪いは解ける。
水の巫女たる名にかけての大役だ。知らず知らず、緊張しているのかもしれない。
「エーリーアーー!はやくーー!!」
階下からの声に我に返る。
いつの間にやら、食堂に全員集合しているらしい。
「はーい!!」
自室の扉をあける。
シチューの匂いと、食堂の喧騒が一気に流れ込んできた。
すっかりおなじみのそれに微笑し、足を早めた。




緑の夢
2002.4.22
BGM/THE Beatles 「Hello,Goodbye」


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