あいかわらずどっぷりです。。ぼかあ楽しいよ。とりあえず私がここまでアメコミ熱が再燃したのはBvSっていう映画にめり込んだからなんですが、その映画を好きな理由を書いていきますよ。多分何回かに分かれる。
端的に言えば世界観というか、BvSのバットマンとスーパーマンが恐ろしいほどに好みだった、というのが理由なんですが、ちょっと端的すぎるむしろ理由になっていない。
しかしこのコンビ、ラジー賞(最低な映画を決めるアカデミー賞の真逆の祭典らしい。現地でのニュアンスはいろいろありそうですが)受賞してるんですね。理由までは調べられなかったんですが、ひとの物差しは鵜呑みにしちゃあかんと、しみじみ感じた瞬間でした。
BvSを好きな理由①:スーパーマンのビジュアル描写がめっちゃ怖い(ときがある)
特にヒートビジョン(※目から熱光線)の時の顔。
1%でも敵になる可能性があればそれは敵だ、というバットマンのセリフが印象的ですし、わかる気もします。というのも、スーパーマンはあくまで、わけのわからん地球外生物(怪物)なんですよね。今はたまたま人類を助けてくれていますが、それがいつまで続くかわからない。助ける理由がわからない以上、それが反転する可能性も、もちろんある。
ちなみに、ここにスーパーマンの力への憧れとか、自分の力の限界とか、俺にあの力があったら救えたものもあったかなとかコンプレックス傷跡痛みもろもろ加わって、ガンガンにこじらせたバットマンもめちゃくちゃ好みです。ああもれいづる我が性癖。
話がそれました。
こんな考えでもって、ヒートビジョンの顔とか見たらもう、ね・・・!優しげな男前なのが、一気にパラデーモン寄りな顔になるんですね。あ、こいつひとじゃなかったわ、バケモノやわって、今まで持ってたイメージがぶち壊される瞬間。親愛なる救世主から、未知のもの・得体のしれないものへ変わってしまうギャップがたまらなく好きです。映画のいわゆる一般の人・・・スーパーマンに助けられた人とかね・・・が、その顔を見る機会はないんでしょうけど、ヴィジュアルの力って、あなどれないと思う。
バットマン・・・ブルースは、初めからバケモノとしてスーパーマンを見てますから、顔が怖かろうが何だろうが関係ないでしょうけど。だからこそ、「マーサ」という言葉が重要になるかなと。単純に、おかんの名前が一緒だったから、戦い止めたわけじゃないよなあ。スーパーマンに母親や家族がいることを知ってしまって、その瞬間、得体のしれない怪物が、普通のストーリーを持った人間に変わっちゃう。
相手が怪物だから殺せるけど、人間だったらどうだろう?BvSのバットマンは直接的じゃないけど死んでるよねあの敵、という描写もあるのでちょっと自信がないけど・・・。
そのうえ母から息子を奪う、つまり家族を奪われるという自分が一番されたくなかったことを、自らしようとしていたことに気づいたのは、バットマンの手を止めるのに、十分な衝撃だったんじゃないですかね。すべてが終わった後、がれきの中での放心状態もそれを引きずってる気がする。結局、またバットマンの心の傷がまたひとつ増えるという。それでこそバットマンという気がせんでもないですが、つらいな・・・。
とまあ、スーパーマンの顔が怖い話から結局バットマンの話にとんじゃいましたが。監督が意図してたかどうかはわかりませんが。人外感半端ないけれど、人間であるスーパーマン、クラーク・ケントがとても好きです。